日本イエス・キリスト教団函館中央教会

教会の歴史




簡単に歴史を振り返ってみると…
N.M.さんの「証し」



N.M.さんの「証し」

1974年5月末、札幌のキリスト教会が共催して3日間の伝道集会を開きました。『ジャネット・リンと共に福音を聞こう』のポスターを見た私は、ジャネット・リンの顔見たさにその集会に出席しました。3日間のバイブル・メッセージは「キリストの十字架はあなたの罪を背負ったものです。」とわかりやすく鋭いものでした。やがて私はイエス・キリストの十字架が自分のためであるとわかり、イエス・キリストを個人的な救い主、また人生の主として自分の心の中に迎え入れました。
同年の12月22日、私は、日本イエス・キリスト教団札幌美園教会(当時)でK牧師より洗礼を受ける恵みに与かりました。奇しくも同じ日に東京の荻窪栄光教会で洗礼を受けたYさんと結婚に導かれ、1981年に函館に住むことになります。
私が、札幌美園教会に出席し始めたとき、K牧師は説教の講壇から「Nくんが函館出身だから、やがて函館に帰れば、そこにも私たちの教団の教会が出来てゆきますし…」と語られました。信仰を持って間もない私には、K牧師が北海道の人々を愛して祈って語っておられるところまで理解していませんでした。
私が生まれ育った函館市大森町の家を空け、親と共に同市五稜郭に移り住むことをきっかけに、空き家の家が日本イエス・キリスト教団函館中央教会(伝道所)としてオープンする恵みに与かったのが1987年の春でした。
教団の祈りと援助に支えられ、神様はM伝道師を送って下さいました。函館中央教会第1回目の礼拝は、K伝道師とそのお母様のJ師、それと、私の家族だけでした。講壇はみかん箱を縦に積み重ね、上から布をかぶせただけのものでしたが、神様が教会を開いて下さったという恵みを思い、一同の心は感激で一杯でした。毎週の礼拝は、私が司会、家内が奏楽です。K師がメッセージをすると、聴衆は私の家族だけです。しかし、神様の臨在を覚えつつ、毎週毎週の礼拝、祈祷会、教会学校が今日まで捧げられ続けてまいりました。
この10年の間に神様は、求道者、受洗者を与えて下さいました。10周年を迎えるこの年、振り返れば神様の恩寵以外にありません。